コラム

【よくある相談】遺産分割協議書を事前に作成し,相続人の印鑑をもらっておくことはできるのでしょうか。

【設例】

 先日,来年80歳を迎える父が大きな病気を患い,現在入院しています。幸い,手術後の経過は良好で,1か月後には退院できる予定です。でも,自宅で倒れて病院に運ばれたとき,家族はとても心配しましたし,海外で勤務している兄も,忙しい中見舞いのため今月中に帰国することになりました。

 

 これまで,母と兄と長女である私は,父の遺産について話し合ったことはありませんでしたが,私は,この度の父の入院をきっかけに,話し合った方が良いのではないかと考えるようになりました。

 

 というのも,私は父と母と同居しており,両親の面倒をこれからもずっと看ていかなければなりません。その一方,兄は,海外で結婚して家族を持ち,日本に帰ってくるつもりはありません。兄は,大学の入学から海外留学,その後の海外勤務とキャリアを積む中で,両親から学費や留学資金など高額な援助を受けてきましたし,両親の面倒は,私に任せっきりです。

 

 兄とはなかなかゆっくりと話し合う機会がないので,この機会に,母と兄との間で父の遺産について話し合い,父の遺産のすべてを,今後両親の面倒を看ていく私が相続するという内容の遺産分割協議書を作っておきたいと思っていますが,このような遺産分割は認められるのでしょうか。

 

【回答】

 お父様の生前に,お母様とお兄様との間で合意のうえ作成した遺産分割協議書は,法的には無効ですので,お父様の相続が起こった際に,この遺産分割協議書に基づいて,遺産分割手続を行うことはできません。

 

 遺産分割協議書は,相続が開始した後に作成されたものでなければ,法的にその有効性は認められません。遺産分割協議は,相続後に,遺産の内容相続人が誰かが決まってから行われなければならないからです。

 

 つまり,遺産は,被相続人(お亡くなりになった方)の死亡時に有していた財産ですから,被相続人の生前には,最終的な遺産の内容は決まっていません。お亡くなりになる前に,たとえば預貯金であれば使用されるかもしれませんし,不動産や動産,有価証券などであれば,売却されたり,贈与されるかもしれないからです。また,何らかの原因で,財産が増えることも考えられます。

 

 一方,相続人も,被相続人が死亡する前には,決まりません。現状のまま,被相続人が死亡した場合に相続人になる方のことを「推定相続人」と呼ぶことありますが,それでも,被相続人が死亡するまでに,推定相続人の方に万が一のことがないとはいえません。また,隠し子など,家族が知らなかった相続人が現れる場合もあります。

 

 このように,そもそも遺産の内容や相続人が決まっていないことに加え,被相続人の生前は,被相続人や,他の相続人から,特定の相続人が遺産の相続を放棄するように強制されるおそれもあることから,あらかじめ遺産分割の内容を決めたり,相続を放棄することは,認められていません。

 設例でも,お父様の生前の遺産分割協議は認められません。

 

 ここまで,ご相談者様のご要望が認められないお話ばかりをしてきましたが,現時点で,ご相談者様のご要望をできる限り実現するための法的手段としては,ご相談者様が,お父様の相続が起こる前に,財産の生前贈与を受けることが考えられます。また,お父様に遺言書を作成してもらうことと,お兄様に遺留分(いりゅうぶん)の放棄をしてもらうことが考えられます。

 

 まず,ご相談者様が,お父様の相続が開始する前に,すべての財産について生前贈与を受ける場合には,特別(とくべつ)受益(じゅえき)という制度と,遺留分(いりゅうぶん)という制度の問題があります。

 

 特別受益とは,特定の相続人が,被相続人から婚姻や生計の資本として生前贈与や遺贈を受けた場合の利益のことをいいます。ご相談者様が,お父様の財産である土地や建物,預貯金などのすべてを生前贈与されるのであれば,生計の資本として生前贈与を受けたことになりますので,特別受益となります。

 

 特別受益に当たる生前贈与は,原則として,相続の際に,これを相続財産に戻して,具体的な相続分を計算しなければなりません。これを持ち戻し計算といいます。しかし,これではお父様がご相談者様に生前贈与した意味が無くなってしまいますから,持ち戻し計算がされないように,お父様は遺言などで持ち戻し計算をしないように意思を表明することができます。これを,持ち戻し免除の意思表示といいます。

 

 ただし,持ち戻し免除の意思表示をお父様にしてもらったとしても,お兄様が,お父様の相続が起こった際に,遺留分という権利を主張した場合には,特別受益としてご相談者様が受け取った財産についても,遺留分の計算のために,お兄様の遺留分という権利を侵害する範囲で,持ち戻し免除の意思表示が無効となってしまいます。

 

 遺留分とは,兄弟姉妹を除いた法定相続人(配偶者,子,親などの直系尊属)に認められる,最低限の遺産を相続する権利のことをいいます。お兄様には,お父様の遺産の8分の1が遺留分として認められます。

 

 ですから,お兄様が,お父様の相続後,お父様のすべての財産がご相談者様に生前贈与されていたことを知ったときに,これに納得せず,遺留分を主張した場合(ただし,遺留分は相続が起こったことと,遺留分が侵害されたことを知ったときから1年以内,または相続が起こったときから10年以内に主張する必要があります。)には,遺留分を侵害する限度で,お父様の持ち戻し免除の意思表示が無効となり,生前贈与を受けた財産の8分の1が,お兄様が取得する遺産となります。

 

 この際,たとえば遺産の中に不動産など分割がむずかしい財産があった場合には,ご相談者様が8分の7の割合,お兄様が8分の1の割合での共有という,お互いにその所有権を持ち合っているという複雑な権利関係になってしまいます。これでは,ご相談者様が,たとえばお母様の介護費用を捻出するために,不動産を処分するといったご判断が,お兄様の同意を得ずに決めることができなくなってしまいます。

 

 このことは,お父様にすべての財産をご相談者様に相続させるという内容の遺言書を作成してもらったとしても,同じです。お兄様が遺留分を主張した場合には,お父様の遺言は,お兄様の遺留分を侵害する限度で,無効となってしまいます。

 

 ですから,これらの法的手段を,お兄様に内緒で進めることは,お兄様からの遺留分の主張というリスクがあることになります。

 

 そこで,もし,ご相談者様とお兄様が,お父様の遺産の問題について落ち着いて話し合うご関係にあり,ご相談者様にお父様の財産のすべてを生前贈与し,または遺産のすべてを相続させることについて納得してもらえる見込みがあるのでれば,お兄様に,遺留分の放棄の手続をとってもらうようにお願いしてください。

 

 遺留分の放棄は,相続後の遺留分の主張を放棄することを,家庭裁判所に許可してもらう手続です。相続の放棄とは異なり,相続が起こる前に手続することが可能です。

 

 家庭裁判所は,遺留分の放棄を申し立ててきた方が,なぜ遺留分を放棄しようとしているのか,たとえばその方がこれまで親から十分に生前贈与を受けてきたことを理由としているなど,合理的な理由の有無を確認して許可するかどうかを決めます。

 

 設例においては,お兄様はご両親から学費など十分な生前贈与を受けてきていると思われますので,少なくとも遺留分に相当する額を生前に受けていると判断されて,家庭裁判所から許可される可能性が高いでしょう。

 

 しかし,仮にお兄様が遺留分の放棄に協力しない場合には,ご相談者様にすべての財産を生前贈与し,または遺産を相続させる遺言書の作成は諦めて,遺言書の内容を,あらかじめお兄様の遺留分に配慮した内容とすることが考えられます。

 

 つまり,お父様の財産をご相談者様に相続させる方法として,たとえば分割がむずかしい不動産については,お兄様の遺留分に相当する価額(不動産の市場価格の8分の1に相当する価額)を不動産以外の財産を相続させることによって,不動産などの共有を避けることができます。

 

 以上のように,遺産分割協議書を,お父様の生前に作成しておくことは認められていません。ですから,お父様の生前贈与や遺言書の作成について,ご家族の皆様で話し合っていただき,お父様の相続後に遺産を巡るトラブルが起きないように手当てされることをお勧めします。

 

 遺言書の作成などについて,お悩みがおありであれば,当法人までご相談ください。

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